水野祐(@TasukuMizuno)のブログ

弁護士ですが、「リーガル・アーキテクト」という意味での法律家というつもりで生きています。Twitter: @TasukuMizuno / Lawyer / Arts and Law / Creative Commons Japan / FabCommons (FabLab Japan) / All tweets=my own views≠represent opinion of my affiliations

『なぜ、日本人シェフは世界で勝負できたのか』を読んで

本田直之『なぜ、日本人シェフは世界で勝負できたのか』を読んだ。

 

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野球やサッカーなどのスポーツ選手が世界で活躍する姿に脚光が集まるなかで、世界でレストランや料理界で大活躍している日本人の料理人、シェフはまだ注目されていない。その姿に光を当てながら、食や料理にこそ日本人が世界に通用する近道ではないかと提案しているのが本書である。

 

本書で、ぼくが特に興味深いと思った話が次のようなものである。

 

  • フランスのレストランは、原則として、現在レストランがある場所でしかレストランを開店することができず、前のお店の「営業権」のようなものを前年の売上げの9割くらいの値段で買い取らなければならないという制度がある。これにより、フランスによるレストランの受給は安定する一方で、開店には大きな資本が必要となるという話(1億円くらい)。
  • フランスでは、労働者の権利が強く守られており、週5日勤務がしっかり守られている一方で、週6日でも7日でも働く日本人は重宝され、レストラン業界でも優位な位置に立つことができているという話。

 

本書でも、レストラン業界の過酷な競争に関する話が出てくるが、料理におけるパクリ問題、レシピと著作権の問題について、近年もっとも重要な指摘をしているのが、『パクリ経済 ーコピーはイノベーションを刺激する』である。

 

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本書は、食やファッション、コメディ、アメフトのタクティクスなどにおけるフリーカルチャーな業界においても一切イノベーションは閉塞しておらず、むしろ加速しているくらいである、という事例を多く紹介することで、知的財産権とはそもそもイノベーションを促進するために存在するという言説に対して、一定の反証に成功している。

本書でも、上記『なぜ、日本人シェフは世界で勝負できたのか』においても、料理に関する創意工夫は留まることを知らない。

 

知的財産権とはなぜ必要なのか?なんのためにあるのか?

一定の独占権を与えることでインセンティブを付与し、イノベーションを加速させる、という、いわゆる「インセンティブ論」と呼ばれる通説的見解は大きな曲がり角に立っている。

食や料理は、このことを考えるための格好の素材なのである。

2016年度からのタイムチャージ

おはようございます。新年度ですね。

 

本日から法人のお客様のタイムチャージを15,000円/hから20,000円/hに上げさせていただきます(すでに顧問契約済みのお客様は据え置き、個人のお客様も10,000円/hで据え置きです)。

よろしくお願いいたします。

 

さて、弁護士報酬の算定方法には、大きく分けて「タイムチャージ型」と「着手金・成功報酬型」がある。

タイムチャージ型は、アワリー(1時間あたり)いくらで、かかった時間の分だけ請求する方法。大中企業の法務では比較的一般的とされている方法である。

一方、着手金・成功報酬型は、着手時にいくら、終了後にいくら、という固定のお金を請求する方法をいう。中小企業の法務や一般民事で一般的な方法と言える。

 

この2つの算定方法には、それぞれメリット・デメリットがある。

この違いがよくまとまっているのが、柴田健太郎弁護士のこちらのブログ・ポスト。

 

もはや議論は避けられず。。タイムチャージの問題点とその削減対応についてまとめてみた - bizlaw_style

 

これらの議論を踏まえ、ぼくはキャップ(上限)をおおよそ決めたうえでのタイムチャージ方式で請求させていただくことが多いのだが、タイムチャージによる算定方法にはどうしても違和感が拭えないでいる。

その最大の理由は、タイムチャージ型は、上記ポストにもあるように、仕事が早い弁護士ほど請求金額が低くなってしまう、それと同時に仕事のフィニッシュにインセンティブを保ちにくい、という致命的な欠点があるからである。

タイムチャージを上げればよいのでは?と思われる方もいらっしゃるかもしれないが、たしかに仕事ができる一部の外資系のロイヤーはその傾向にあるものの、リーガルサービスの市場が成熟していない日本において、タイムチャージをむやみに上げることはその小さな門を閉じられてしまいかねない。

個人的には、「タイムチャージ+成功報酬型」が正解だという気がしているのだが、これは法律相談や契約書のドラフト、レヴューなどではなく、訴訟やプロジェクト型の仕事にこそ妥当するのだろう。

フットボール・リークス(Football Leaks)とスポーツ契約

ウィキリークス」ならぬ、「フットボール・リークス」(以下「FL」)というウェブサイトがサッカー業界を揺るがしている。

FLは、サッカー業界の秘密情報を暴露するウェブサイトであり、特にC・ロナウドギャレス・ベイルメスト・エジルなどの著名選手の契約書(移籍契約書やマネジメント契約書など)がそのまま流出している点で業界にインパクトを与えている(日本人では田中順也柏レイソルからスポルディングリスボンへの移籍契約書とその際のコンサルティング契約書が流出している)。

 

footballleaks2015.wordpress.com

 

ぼくが好きな本の一つに、FCバルセロナのマーケティング部門ディレクターだったエステべ・カルサーダ氏が書いた『SHOW ME THE MONEY! ビジネスを勝利に導くFCバルセロナのマーケティング実践講座』という本がある。

 

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同書はマーケティングの良著であると同時に、バルセロナの契約実務についても詳しく触れられており、サッカー好きの法律家にとっても必見の内容になっている(一応中学・高校サッカー部でした笑)。

 

そんな同書のなかでも契約書については、

契約に含まれている情報が機密性が高いことを、忘れてはならない。よって、契約書にアクセスできる人間を最小限に抑える

 と重要なTipsとして明記されている。

もちろんこれはサッカー業界に限るものではないが、サッカー業界は常にメディアや大衆の好奇に晒されている以上、クラブ運営やサッカー業界において特に秘匿性の高いものといえる。

 

そんな本来流出するはずのない契約書が流出していることもあり、サッカー業界は震撼しているのだが、フットボール・リークスは法律家の勉強の素材としては「宝の山」だ(メディアにとってもそうだろうが)。

同サイトで暴露されている契約書をいくつか読んでみると、超がつくほど有名選手の契約書であっても、多くは比較的平易な英語で、そこまで長文の契約書にはなっておらず、その点にまず驚かされる(これなら自分でも十分対応できそうだぞ、と少し夢を大きくする)。

メディアは同サイトで暴露される巨大な移籍金に目を奪われているが、法律家としては、細かい条項の工夫に目がいく。

例えば、

などがおもしろい。

また、

  • 2014年7月にレアル・マドリーからユベントスに移籍したアルバロ・モラタについて、レアルが買戻権を有しているとともに、レアルが買い戻しを決断した場合、モラタ選手のユベントスでの出場数に応じて移籍金が変動すること(公式戦の50%以上に出場した場合には3000万ユーロ、25-50%未満に出場の場合には2500万ユーロ、25%未満であれば2000万ユーロなど)、そして、ユーベがモラタをレアル以外のクラブに売却した場合にはレアルに8000万ユーロの違約金を支払うことが規定された条項

という例にもあるように、買戻権が付いている場合には、買戻しの際の移籍金が出場回数に連動する条項と、第三者のクラブに売却した場合の違約金がセットになる等の移籍契約(Transfer Agreement)においての定番の条項などがわかっておもしろい。

レアル関連の契約書のリークが多い一方で、バルセロナ関連の契約書が少ない(ネイマールの広告契約書くらい)のはエステべ先生の教えがあってのことなのだろうか(笑)。

 

FLの目的は何なのか。

活動の拠点はポルトガルだが、ドメインはロシアのようである。次の記事では、移籍金が不当に高騰する「FIFAが定める移籍システムの改革」が目的とされているが、どうだろうか。

www.footballchannel.jp

 

サッカー以外のスポーツ契約では、最近こんな記事もあった。

 

jp.vice.com

 

この記事から察するにMLBの契約書は、FLでリークされているヨーロッパのサッカー関連の契約書よりも詳細な長文な契約書になっていそうである。

この理由としては、映画『マネーボール』よろしく、統計・数字による分析が野球業界に浸透していることと、ヨーロッパはいずれも英語を母国語としていないからではないかと思われる(そもそもヨーロッパのサッカー関連の契約書が英語で締結されるという事実も新鮮ではある)。

 

いずれにしても、こういうスポーツ契約のビッグディールを人生で一度くらいは担当してみたいものである。

オープンアクセス(OA)とクリエイティブコモンズ(CC)

日本科学技術振興機構JST)において、「オープンアクセス(OA)とクリエイティブコモンズ(CC)」と題して講演してきました。

使用したスライドを公開しました。

 

www.slideshare.net

 

「オープンアクセス(OA)」の定義を定めたBudapest Open Access Initiative (BOAI)によれば、誰もが自由にアクセスできるだけではOAとしては十分ではなくて、自由に再利用できることが必要とされている。ここでは公開だけでなく、二次利用にも重きが置かれている。

クリエイティブコモンズでいうと、CC BYあるいはCC BY SAはこれに適合するが、これ以外はどうかは難しい問題。

オープンデータでも、デジタルアーカイヴでも、公開で留まらず、二次利用を意識しようね、という話。

OCWとクリエイティブコモンズ

JOCWにおいて、「OCWクリエイティブコモンズ」について話ししてきた。
少人数の勉強会形式ではあったものの、北海道大学東京大学東京工業大学名古屋大学京都大学大阪大学からキーパーソンが集まった会で、議論のレベルも高かった。

OCWとは、「Open Course Ware」の略で、米国MITで始まった、大学等で単位取得の対象となる講義とその関連情報をインターネット上で無償公開する活動である。

同じくEラーニングとしては、MOOCs (Massive Open Online Cources)とかOER (Open Educational Resources)とかもあるが、OWCは「正規に提供された講義」であるという点がポイントであると理解している。

 

クリエイティブコモンズの話としては、教育資源の分野で採用数が伸びていることが最新のレポートでも明らかになっていることをお伝えした。

質問は、CCライセンスの実際の使い方(表示の仕方など)や、著作権法上の「引用」などに集中した。

OCWは、コンプライアンスが叫ばれる大学の公式資料となる以上、資料の権利関係については特にセンシティブにならざるをえないようだ。クリエイティブコモンズの話だったが、最終的にはいつも著作権の話に行き着く(クリエイティブコモンズ著作権のハックだから当然といえば当然なのだが)。

 

OCWクリエイティブコモンズの実務については、一度どこかでまとめて書いておきたい。

佐藤優さんとの対談

『FILT』というウェブマガジン(紙バージョンもあり)で、作家の佐藤優さんと対談させていただいた。『右肩下がりの君たちへ』という佐藤さんの連載企画に声をかけていただいたのである。

 

filt.jp

 

佐藤さんの本は、『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』をはじめ、何冊か読ませていただいていた。ぼくも「インテリジェンス」、「キリスト教」という日本では独自の、そして唯一無二の視点から物事を切り取る佐藤さんの言葉に新鮮さを感じている一人である。最近だと、ミッシェル・ウェルベックの最新作『服従』の巻末解説を佐藤さんが書かれている。この一見意外な邂逅に妙に納得させられたとともに、ウェルベックという作家のステージも変化していることとも感じた。

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実際の佐藤さんは穏やかで、ぼくのような者の話にも耳を傾ける方だという印象だった。とはいえ、やはり眼光がするどさが半端ない(笑)。

短い時間だったが、検察の取調べ方法や佐藤さんの所を訪れる世界中の要人たちとの付き合いの話など、掲載されていない色々な話しをうかがった。

またお会いして、お話ししてみたい方の一人である。

ブラード・ラインズ事件 -音楽の著作権とコモンズの危機

Mark Ronson「Uptown Funk」と権利主張者の増加

雑誌「ミュージック・マガジン」2016年1月号(特集ベスト・アルバム2015)に気になる記事があった。長谷川町蔵氏による記事で、マーク・ロンソンがブルーノ・マーズをヴォーカルに迎えた2015年の大ヒット曲「アップタウン・ファンク」について、楽曲の著作権に関するクレジットが当初4名だったのが、その後権利を主張する者が次々と現れ、最終的には11名にまで増加したという内容である。同氏は、このような経緯に触れ、ポップ・ミュージックの引用と共有の歴史に警鐘を鳴らしている。

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"Blurred Lines"事件

同記事において、このような事態を招くきっかけとなっていると指摘されているのが、ロビン・シック(Robin Thicke)とファレル・ウィリアムスによるヒット曲「ブラード・ラインズ(Blurred Lines)」が、マーヴィン・ゲイの著名曲「Got to Give It Up」の著作権を侵害しているとして、ゲイの遺族がシックやウィリアムスを訴え、シック/ウィリアムス側が敗訴したという事件である。

問題となった楽曲の類似部分を比較した映像があったので、聴いてみてほしい。

www.youtube.com

 

この訴訟の最大の争点は、パーカッションやボーカルの声質や歌い方、シンプルに繰り返されるベースのフレーズなどの「サウンド」を構成する要素やその組み合わせで生み出されるグルーヴに楽曲の著作権が発生するか、という点である。

ゲイの遺族の代理人は、シックらがサウンド・レコーディングから生み出される音楽的な構成要素をコピーしたと著作権侵害を主張。このような楽曲の著作権侵害においてしばしば使われる類似性判定の手法(類似部分のフレーズの長さを同じ長さに調整した楽譜を並べて音の高さの一致する程度を数量的に計測する手法)は利用せず、シックの過去作にゲイの楽曲の無断引用が行われていることや、リリース当時にゲイの同曲を意識して作った等と話すインタヴュー映像などを証拠として提出した。

シックらの代理人は、「過去の判例上、楽曲の著作権の対象は譜面上に表現できる要素(ほとんどの場合メロディ+α)に限定され、パーカッションやボーカルなどが生み出すフィーリングには発生しない。いかにマーヴィン・ゲイが天才であっても、誰もジャンルやスタイル、グルーヴといったものを独占することはできないはずだ。」という旨の反論を展開した。

詳細は下記bmrの記事を参照してほしい。

bmr.jp

 

サンプリングしたわけでもなく、キーもメジャー/マイナーというコード進行も全く異なるにもかかわらず、曲のグルーヴや「雰囲気」、フィーリングが似ているという同曲が盗作扱いされれば、これはたしかにこれからの音楽家にとって多大な萎縮効果を与えることになる。ウィリアムスらの言葉を借りれば、「音楽にとって恐ろしい前例であり、クリエイティヴィティは後退することになる」ということになりかねない。

 

同事件に関する最新の下記ニュースでは、マーヴィン・ゲイの遺族は弁護士費用や訴訟費用の一部を追加で請求したことや、裁判所が以後のロイヤリティ50%を遺族に支払うよう求めたことに加え、昨年12月シックとウィリアムスが控訴したことなどが記載されている。

newschannelnebraska.com

 

「サウンド」をめぐる権利

控訴で判断が覆る可能性もあるし、ぼくも上記判決には反対の立場である。

だが、ここではあえて別の論点を指摘してみたい。

それは音楽の著作権(のうちの楽曲の著作権)が発生する部分が本当に譜面に表現できるような部分、すなわち、旋律(メロディ)、和声(ハーモニー)、リズム・テンポなどの部分に限られてしまっていいのだろうか、という点である。
楽曲の著作権の対象がなぜ譜面で表現できるような部分に限定される理由を端的に言えば、それは音楽産業が西洋音楽中心のなかで発達してきたから、と言えるだろう。

しかし、メロディなど譜面で表現できる部分という部分は有限である。現代の音楽家は、この有限性を前提に、いかにそれを再利用し、他の音楽的な要素と組み合せることによって、新しいグルーヴやフィーリング、アンビエンスといったものを生み出すか、といった勝負になっている(ここについては私見が多分に含まれているかもしれない)。

一部の敏感な音楽家たちが民族音楽などとのマッチングに新しい音楽の「活路」を見出すことが多いのは、そのような意味での西洋音楽の有限性にない、コモンズの部分に魅力を感じるのではないか、とも捉えることが可能ではないかとすら感じられる。

このように考えてみると、現代の楽曲の創作性として、グルーヴやフィーリング、アンビエンスといったものも含まれるべきだ、含まれるとしてどの程度保護されるべきか、といった検討や主張は一定の正当性を持つようにも思われる(ブラード・ラインズ事件においてゲイの遺族の代理人はこのような主張をしているわけではないようだが、ぼくがゲイ側の代理人であればこのような主張も加えるだろう)。

 後行者が自由に利用できる音楽のコモンズを確保する観点からすれば、音楽の著作権が発生する部分をむやみに拡大すべきではない。

その一方で、音楽の著作権の枠組みが譜面に代表される伝統的な西洋音楽を前提にしたままでよいのか。「サウンド」によりフォーカスが当たるようになってなってきている現在の音楽的傾向において、「サウンド」の創作性をいかに考えるべきか。

ブラード・ラインズ事件には、このような奥深い問題も潜んでいるように感じられるのである。

 

なお、「ミュージック・マガジン」2016年1月号には、拙稿「エイベックスはJASRACから離脱するのか」も掲載されているので、よろしければご覧くださいm(_ _)m

ミュージック・マガジン2016年1月号:株式会社ミュージック・マガジン

 

また、コード進行と著作権などについてより詳細に知りたい方は、以前リットーミュージックさんで書かせていただいた下記の記事などもご覧いただければ幸いです。

rittor-music.jp

 

ちょっと熱くなって書きすぎてしまった。反省。。